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-起業を考える女性へのメッセージ-女性起業家インタビュー-No.13

沢山の印刷機が並び、色鮮やかな会社案内やチラシが並びます。自社ビルの中には観葉植物が置かれていて、階段を昇れば、おしゃれなセミナールームがあります。来た人同士が仲良く話をされている勉強会の様子。そんな人と人とを繋ぐのはいつも笑顔で、とびきり明るい重松さん。お酒が強くて気風の良い姉後肌。まさに、「博多の女」

中学生のお子さんを育てながら、会社の三代目として奮闘されています。いつも前向きに動き続ける背景は―

ミッションは、

 「なんとかなるし、なんとかする!」~根拠なき自信を、確かな現実に~

⸻ 私は35歳の時に社長になりました。

その前年、34歳で営業部長をしていた時の決算月に、父から突然、

「お前が社長ね」と言われたんです。

そこから1年間専務を務め、社長に就任しました。

私は自分で起業したわけではありません。
祖父が創業し、父が二代目、そして私が三代目です。

そもそも会社に入ったきっかけは、父が倒れたことでした。

私はもともと看護師として病院で働いていました。
そんな時、母から「お父さんが倒れた」と連絡があったんです。

その3か月前には、創業者である祖父も亡くなっていました。
母は本当に不安だったと思います。

会社に戻り、次の日から手探りで営業に出る生活が始まりました。

印刷業界のことも分からない。営業経験もない。
お客様の前で「後継者です」と名乗ることさえ嫌でした。

「こんな自分がお客様からお金をいただくなんて失礼なんじゃないか」

そう思っていました。

それでも、同業者の方に頭を下げて業界のことを教えていただいたり、営業の本を何冊も読んだりしながら、とにかく飛び込み営業を続けました。

当時の私は、ただただ「自分がやらなければ」という責任感だけで動いていたと思います。

私は三姉妹の真ん中で、姉も看護師、妹は当時大学生でした。

平日は重松印刷で働き、土日は病院で看護師として働く。
そんな日々を続けていました。

(看護師の時の重松さん)

⸻看護師として働いた経験からの気づきが大きかったです。

看護師として働いた経験からの気づきが大きかったですね。

最初は営業に対して不安しかありませんでした。

でも、まったく違う仕事だと思っていた看護師も、営業も、実は「人と接する仕事」という点では同じなんです。

ベッドで寝ている患者さんの中には、自分の気持ちや要望をうまく伝えられない方もいらっしゃいます。

だから私は、「こちらから気づいて、相手と目線を合わせなければいけない」

と思いながら接していました。

そこで気づいたんです。

「患者さんへの対応も、お客様への対応も変わらない」
「相手がうまく伝えきれない想いを汲み取り、言葉にすることは同じなんだ」と。

その気づきがあったからこそ、

「この仕事なら、私にもできるかもしれない」と腹をくくることができました。

営業の本質は、ただ商品を売り込むことではありません。

相手と目線を合わせ、まだ言葉になっていない想いを汲み取ること。

私はそう考えています。

(自社セミナールームで行われているセミナーの様子)

もう一つ、私が営業に踏み出せた理由があります。

当時、母は毎日のように、

「これから、この会社どうしよう……」

と不安を口にしていました。

泣いている母を見るのがつらくて、少しでも気持ちが紛れればと、よく食事に連れ出していました。

でも、会社に入れば、経理をしている母のことを「お母さん」と呼ぶことさえできません。

会社の状況が苦しいからといって、母と仕事のことでケンカをするのも嫌でした。

だったら、自分が動こう。自分が営業に出て、なんとか会社を良くしよう。

その一心でした。

だから今、営業スタッフを採用する時も、営業経験の有無はほとんど問いません。

私が大切にしているのは、

「友達がいるか」
「その友達が悩んでいたら、助けたいと思えるか」ということです。

営業で一番大切なのは、上手に話すことでも、売る技術でもありません。

目の前の人を思いやり、その人が困っているなら力になりたいと思える心。

それが営業の原点だと思っています。

⸻「まず、断らないこと」です。

私は、この世の中の多くのことは、方法を考えて動けば実現できると思っています。

「手間がかかるから」
「大変そうだから」

という理由だけで、最初から「できない」と決めつけない。

まずは、どうすればできるのかを考えて動いてみることを大切にしています。

もちろん、誰かが疲弊したり、誰かが不幸になったりするような仕事はしません。
そこは大切な判断基準です。

営業スタッフにも、既存の同業会社の仕事を無理に奪うような営業はせず、新しい提案をするように伝えています。

「自社にしかできないこと」に特化していけば、無理に競合する必要はありません。

むしろ、同業者の方から「これは重松印刷さんにお願いしよう」と、対応が難しい案件をご紹介いただける関係をつくることができます。

私は、自分がされたくないことは人にしません。

仕事でも、人生でも同じです。

そういう姿勢を大切にしていると、不思議とご縁が続き、また新しいご縁へとつながっていきます。

だからこそ、そのご縁を会社として大切にするために、社内の顧客管理システムには、

「どなたからのご紹介だったのか」
「飛び込み営業だったのか」
「電話でのお問い合わせだったのか」

など、最初のお取引のきっかけをすべて残しています。

担当者が変わっても、そのお客様とのご縁がどこから始まったのかが分かる。

そうすれば改めて感謝を伝えることもできますし、先代が築いてきたご縁に思いを馳せることもできます。

私自身、20数年前に営業を始めた時、お客様の情報がほとんど残っておらず、本当に苦労しました。

「社員には同じ苦労をさせたくない」

そう考えて思い切って投資し、約500万円をかけてオリジナルの基幹システムをつくりました。

コンセプトは、「今日入社した人でも仕事ができるシステム」。

顧客管理から見積書、請求書まで、一連のプロセスを管理できるようにし、お客様への見積りや提案も素早く行えるようにしました。

そして今年は新たにAIも導入し、さらなるシステムの改善・強化に向けて大きく投資していきます。

⸻もちろん、ありました。

責任の重さに押しつぶされそうになることもありました。

ただ、父は以前から私を社長にすると決めていたようです。

私は結婚後に社長へ就任し、その後出産しました。
そして、父は63歳で他界しました。

本当に突然いなくなったような感覚でした。

ただ、父はそのかなり前から第一線を退いていたので、事業承継そのものについては、大きく混乱することはありませんでした。

今振り返ると、祖父も昔、私に、

「重松印刷をあげる」と言ったことがありました。

看護師の資格を取ったことを報告しに行っても、祖父は全然喜んでくれなかったんです(笑)。

今思えば、それも祖父なりのメッセージだったのかもしれません。


初めて会社の決算書を見た時ですね。

父が倒れたと聞いて泣いている母に、私は、

「会社なんて清算すればいいったい! もう頑張らんでいいよ!」

と言ったんです。

ところが決算書を見て、多額の負債があることを知りました。

そこで、

「……これ、借金を返さないと会社って清算できないんじゃない?」

と(笑)。

だったら、営業して売上を上げるしかない。

そこからは、とにかく借金を返すために必死で働きました。

そして40歳の時、ようやく返済を終えることができました。

(仕事と家庭で奮闘中の頃の重松さん。息子さんの笑顔が原動力。)

⸻私は、人は置かれた場所で花を咲かせることができると思っています。

どんな場所でも、どんな仕事でも、自分なりの花を咲かせることはできます。

私自身、仕事と家庭の間で悩み、自分を責めたことが何度もありました。

だからこそ、感情だけで自分を責め続けなくていい環境を、自分たちでつくっていくことが大切だと思っています。

今、私の会社では基本的に残業のない環境をつくっています。

そのきっかけになったのは、以前一緒に働いていた一人の女性社員の言葉でした。

彼女から結婚の報告を受けた時のことです。

彼女は泣きながら、

「結婚したら、旦那さんにご飯を作ってあげたいから退職します。申し訳ございません」

と言いました。

本来なら、結婚という人生の素晴らしい門出を、笑顔で祝うべき時です。

それなのに彼女は、会社を辞めることを申し訳なさそうに何度も謝っていました。

「こんな大切なお祝いの時に、この人を泣かせてしまっている」

そう思った瞬間、自分が情けなくなり、私も一緒に泣きました。

そこで初めて気づいたんです。

会社は、ただ仕事をする場所ではない。

働く人には、それぞれの人生があります。
家族がいて、大切にしたい時間があります。

会社の都合だけを優先していては、社員を本当の意味で幸せにすることはできません。

結婚しても、子どもができても、家庭を大切にしながら働き続けられる会社にしたい。

そう思うようになってから、売上だけを追いかけることをやめ、残業もなくしていきました。

これまで多くの女性と一緒に働いてきましたが、本当に真面目で、一生懸命頑張ってくれる方が多いと感じています。

だからこそ、その頑張りに会社が甘えてはいけない。

安心して働き続けられる環境を、会社側がきちんとつくらなければならないと思っています。

結婚しても、家庭を持っても、

「ここで働き続けたい」

と思ってもらえる会社にすること。

人を大切にするということは、気持ちだけではなく、その人が大切にしたい人生を守れる環境をつくること。

私はそう考えています。

そして、結婚を機に一度退職した彼女は、その後3人の子どもを出産し、今、もう一度この会社に戻ってきてくれています。

またこの場所で、自分らしく花を咲かせてくれている。

それが私は、本当に嬉しいんです。

これから起業を考えている女性にも、今いる場所や環境だけで「自分にはできない」と決めてほしくありません。

人生には、思い描いていなかった出来事が起こることもあります。
私自身、看護師だった頃は、まさか自分が印刷会社の社長になるとは思ってもいませんでした。

でも、それまで経験してきたことは、決して無駄にはなりません。

看護師として身につけた「相手の気持ちを汲み取る力」は、今では私の営業や経営の原点になっています。

だから、最初から完璧でなくてもいい。
経験がなくてもいい。

目の前にあることに一生懸命向き合いながら、一歩ずつ進んでいけばいいと思います。

人は、置かれた場所で花を咲かせることができます。

そしていつか、自分だけではなく、周りの人も一緒に花を咲かせられる場所をつくってほしい。

私も、そんな会社をこれからもつくり続けていきたいと思っています。

(2022年 新社屋竣工時)

【インタビューを経て】

借金を返し切った次の目標は「企業価値を上げる事」 借金返済のために自力で営業活動をし、働く人が営業しやすい環境づくりと、人を育てて縁を繋げる佳子さん。愛情深く人に関わり、周りには沢山の彼女のファンが居ます。私自身もその一人。ご自身と働く人と会社の価値を上げ続ける佳子さん。これからも応援しています!

―会社情報―

株式会社重松印刷

住所 〒815-0031 福岡県福岡市南区清水2丁目8−22

電話番号 092-511-5924

定休日:土日祝日

https://www.shige-pri.com

instagram:@shigepri1962

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