株式会社アイル 代表取締役 真鍋あかね様
目を開けて、光が入った瞬間溢れんばかりの輝く笑顔がそこに見えます。
自分以上に変化を喜び、自分以上に「愛してくれる。」
そんなサービスを提供してくれる目元の美容サロンが高松にあります。
“人は見た目だけじゃないけれど、見た目から自信を生む事も出来る”
ご自身の人生を通して表現されてきた女性の「自信」
次々と訪れる逆境に立ち向かう力の源泉は何なのか-
ミッションは、
女性が「ここにいていい」と感じられる安心と、
自分を大切にしながら成長し続けられる毎日の基盤をつくること。

Q. 経営をしている上で大事にしていることは何ですか?
⸻ 育てることと、育むことです。
「育てる」は土台を築くこと。お店での考え方を教えて、お店のコンセプトに沿った人材へと成長を促すことです。
以前の私は、経営というものを本当の意味では理解していませんでした。「技術さえ磨けば、お客さまは付いてきてくれる」と考えていました。
けれど、自分一人ならそれで良くても、お店としてスタッフと一緒に成長していくためには、技術だけでは限界がありました。単価の考え方やリピートしていただくための工夫など、経営者として必要なノウハウを全く知らなかったです。
サロン運営をはじめ2年が経ち、このままではいけないとオンラインサロンに入学しました。そこで学びながら、私がまず取り組んだのは、お店の中の「動線」を整えることでした。お客さまをお迎えしてからお帰りになるまでの流れ、安心感を与えるためのお声がけ、そして迷いなく施術に集中できるマニュアル。
全員がプロとして同じ質のサービスを提供できるよう、あえて「スタッフとしての心得」というルールを作りました。今までは感覚だけ、技術だけで仕事をしていたにも関わらず、「窮屈だ」と言って去っていったスタッフもいます。
苦い経験も経て、お店としてスタッフの成長を促し「育てる」事を意識しています。



(サロンでは男性も施術してもらえます。)
一方で、最近大切にしているのが「育む」という感覚です。「育てる」がこちらから教えることなら、「育む」は本人の気づきを待つこと。
スタッフ一人ひとりの「心」を信じ、お客さまから「あなたに会えて良かった」「あなたに会いに来た」と言ってもらえるような魅力を、一緒に温めていくイメージです。
40代の私と若いスタッフの世代では、価値観や常識が違うこともあります。
「そうなんだね」「そういう考え方もあるんだね」と、まずは否定せず、ありのままを受け入れる。一度噛み砕いてから対話をすることで、スタッフ自身の心が育ち、それが結果としてお客さまへの「心ある接客」に繋がると信じています。

Q.起業のきっかけを教えてください。
⸻人生は「自分で考え、自分で決めるもの」でした。
不慮の事故で父親を早くに亡くしました。母は仕事をしながら祖父母と一緒に生活をしながら、子育てもしてくれていて、苦労が多く大変だったと思います。
進学校に通いながら心理学を学びたいと考えていた高校時代。どうやって自立し、どうやって働いていけばいいのか、その道筋が分からず模索していました。
そんな学校の帰り道、ふと目に留まったのがガラス張りの美容室でした。外から見える、楽しそうに働く人たちの姿。導かれるようにアルバイトとして入り、家族のように温かく迎えられたその経験が、私の美容師としての原点になりました。
20代は、変化の激しい時間でした。21歳で結婚と出産を経験し、夫婦で美容室を経営。当時は帳簿も手書きで、経営の知識もありませんでしたが、税理士さんのアドバイスで簿記3級を猛勉強しました。「ただ日銭を稼ぐこと」と「経営をすること」の違いに気づき、ホームページの作り方を独学するなど、無我夢中で道を切り拓いていきました。
大きなターニングポイントとなったのは、離婚です。
離婚をきっかけに、フリーランスの美容師になりました。仕事で忙しい中でしたが、次男の野球の試合に保護者として応援へ行く時は、楽しく充実していました。

ただ、子供二人を育てていく責任の重さを痛感する日々でした。もともと学生時代から先生という職業に憧れがあり、「教えること」が好きだった私。そんな折、美容学校の教員募集が目に留まりました。
念願が叶い、教員に採用となり、研修が始まりました。そこで運命を変えたのが、東京の研修で出会った「まつエク」でした。



当時はまだ珍しかった技術に「これは絶対にこれから来る!」と直感しました。当時の上司に反対されても食らいつき、勉強を進め、カリキュラムを作成し、導入を認めて頂きました。

カリキュラムを導入し、教える立場でありながら、自分にはまだ技術がない。そう思い、大阪まで技術を学びに行きました。「モデル50人を集める」という高いハードルも、大阪と高松を往復しながら必死にクリアしました。でも、この時の人集めが、私に大切なことを教えてくれました。
2019年当時、美容師や学生を交えた産学連携のイベントも初企画しました。新聞にも取り上げられ、成功させることが出来ました。

思い返せば高校生の頃も、キャンペーンで高価なシャンプーを必死に売って回ったことがあります。美容業は、どこまでいっても「対、人」の仕事。人が集まってくれなければ、練習することすらできない。あの時、必死でモデルを集めた楽しさや達成感が、今の私の原点になっています。
Q.真鍋さん自身のルーツをお聞かせください。
⸻ 香川県にある男木島という場所が、私の生まれ故郷です。
小学校の全校生徒がわずか20名にも満たないしかいないような小さな島です。私は、そこで3兄弟の末っ子として育ちました。上の二人は親や祖母に可愛がられているのに、私はなぜかいつも蚊帳の外にいるような気がしました。
「負けたくない」
そんな強い気持ちが芽生えたのは、その頃からかもしれません。当時の私は、いわゆる「ぽっちゃり」した女の子でした。「ダンプあかね」や「ジャイ子」とからかわれ、プロレスラーになるんだろと笑われる毎日。「私は可愛くないから、受け入れてもらえないんだ」と、幼い心にブレーキをかけていました。
でも、そのまま終わりたくなくて、必死に勉強しました。同級生が3名の中でも、卒業するまで1位という成績を取ることで、自分の居場所を必死に守っていたんです。
家の中はいつも賑やかでしたが、母は仕事で忙しく、心の中ではずっと「私を見て、わかってほしい」と叫んでいました。感情を抑えて頑張ることでしか自分を表現できませんでした。
高校2年生で出会った美容院で、少しだけ自分を好きになれたあの感覚。そんな小さなきっかけが、私を少しずつ変えてくれました。
大人になってからも、容姿を否定されたり、一人の人間として尊重されない言葉に傷ついたり。周りから「そんな環境、変えなよ」と言われても、「でも」と言い訳をして立ち止まってしまう自分が一番嫌いでした。
「自分に対する言い訳を、全部潰そう」
そう決めて始めたのが、走ることでした。
1年間、雨の日も風の日も、毎日ランニングを続けました。自分に負けそうになる日は何度もあったけれど、「今日走れた」という小さな自信の積み重ねが、自分の内面も見た目も変化させていきました。
現在は、筋トレを通して自分を整える時間を大切にしています。身体が変わっていくことは、自分を大切に扱っているという実感に繋がります。集中して筋肉と向き合う時間は、迷いを消し、確かな「意思決定」をするための心のメンテナンスにもなっています。
あの頃の「負けたくない」という想いは、今では自分をあきらめないための、しなやかな強さへと変わっています。

Q.起業への躊躇の気持ちは無かったですか?
⸻躊躇はありました。
結果的に、背中を押して貰って進みだしました。
会社員として働きながら、土日はモデルさんを募り、一人1,000円をいただきながら技術を磨く日々を送っていました。
その頃、建設業を営む夫と再婚し、新しい生活が始まりました。
私は夫の会社で、お義母さんから帳簿の管理を受け継ぎながら、事務のシステム化を提案させて貰うようになりました。パソコン作業やインターネット発信、Googleマップの設定など、自分にできることで夫の会社をより良くしていく。その「0から1を作る」ような仕組みづくりの時間は、私にとって貴重なものでした。
一方で、当時はコロナ禍ということもあり、事務員としての仕事には、どこか自分の力を発揮しきれないもどかしさを感じていたのも事実です。
転機は、夫の会社の助成金相談のために訪れた「よろず支援拠点」での出会いでした。
私の話を聞いてくださった担当者の方が、「旦那さんのサポートも素晴らしいけれど、あなた自身の技術を活かして、あなた自身が主体となって動いてみたら?」と背中を押してくださいました。
その言葉をきっかけに、「起業」という二文字が現実味を帯びてきました。 けれど、すぐに決断できたわけではありません。家族との時間、今の安定した生活、そして夫を支える役割。自分一人の意思で、今の環境を変えてしまってもいいのだろうかという強い躊躇がありました。
そんな時、以前、大阪でまつエクを教わっていた先生から「新しいまつげパーマの技術を教えてみない?」という誘いを受けました。迷っていた私に、夫は会社の空いている部屋を「ここでモデルさんを呼んで試してみたら」と提供してくれました。
家族が守っている場所の一角を貸してもらえる。その安心感があったからこそ、私は一歩を踏み出すことができました。
不安や迷いはありましたが、私は新しい挑戦へと歩み出すことを決めました。
挑戦を後押ししてくれた家族には、感謝しています。
そして今。
夫の会社の一部の事業としての体制から、別で法人を作り、新たなステージへの準備段階です。
Q.経営をしていて苦しかった時はどんな時ですか?
⸻大切な仲間が離れてしまったときです。
数年前、スタッフがまとめて辞めてしまったことがありました。「自分を裏切られた」という悲しさ以上に、「私の何がいけなかったんだろう」という自責の念に押しつぶされそうな毎日でした。
今振り返れば、当時の私はどこか「中身」が伴っていなかったのだと思います。人を集めることばかりに必死で、自分が本当は何を大切にしたいのか、どんな想いでこの店を創っているのかを、きちんと言葉にできていませんでした。想いのない器には、本当の意味で心は宿らない。その未熟さが、あの結果を招いたのだと気づきました。
そんな苦い経験を経て、今、私の隣にいてくれるスタッフの皆さんに、心から伝えたいことがあります。
まだまだ未熟で、失敗もするし、伸びしろだらけの私です。そんな私を信じて、今日という日を一緒に働いてくれていること。
そのことが、どれだけ私の支えになり、勇気になっているか計り知れません。 言葉では言い尽くせないほどの感謝を、スタッフの皆さんに感じています。
振り返れば、私の人生はすべてが「伏線回収」のようでした。
10年前、闇雲に走りながら大阪までまつげの勉強をしに行ったこと。あのときは、それが何に繋がるかなんて分からなかったけれど、あのとき一歩を踏み出したからこそ、転機となる出会いがあり、今の技術があり、そして何より、かけがえのない仲間に会うことができました。
無駄なことなんて、ひとつもなかった。たとえ今、闇の中を走っているように感じても、それは未来に芽を出すための「種まき」にすぎません。
これだけは、約束します。
私が決してあきらめないこと。
そして、あきらめさえしなければ、いつか必ず美しい芽が出て、花が咲くことを。これからも、一緒にたくさんの種をまき、一緒に育てていけたら嬉しいです。
いつも本当にありがとう。

Q. 今から起業をする女性の方へメッセージを頂けますか?
⸻「自分の情熱を燃やし続けられますか?」

(香川で行われている「あきらめない経営塾」での一コマ)
自分が沢山の失敗をしてきたからこそ、簡単に起業して欲しくないです。夜も寝れず、吐く思いでやってきました。きちんと利益を出すための導線を作れてからスタートしてほしいです。
お陰様で、起業のご相談を頂く事もあります。夢は大事ですが、現実を見ないと続きません。キラキラした表面だけでなく、その先にある苦労も覚悟して取り組まないと、と思う事もあります。
本当に自分が伝えたい事、一生かけてでもやり遂げたい事があるのなら、是非やってください。
私がモットーとしていることは、ポジティブ・フェザー(軽やかさ)・凪(安定)・凛です。女性としての強さはただ強いだけでなく、たくさんの犠牲が伴います。
ポジティブ、フェザー、凪、凛であること。 強くあるために意識し、進んでいます。
少しでも参考になれば。
【インタビューを経て】
「地方だからこそ、健康や美容のサービスが必要とされるニーズはあるはず」
現在はピラティスの事業もされている真鍋さん。香川県のみならず徳島県でも新たな挑戦を始められ、多忙な日々を過ごされています。東京と同じレベルの顧客単価でもしっかり集客されていて、経営者としての力強い言葉と決断力に頭が下がります。努力して自分で切り拓き、あきらめずに試練に向き合う姿は、何より美しい。真剣な表情と施術後の可愛い笑顔のギャップも魅力です!
今年は、更に大きく飛躍する年になりそうです。これからも応援しています!
―会社情報―
株式会社アイル
住所 香川県高松市伏石町2130-4 アシスト1 2FC南
電話番号 087-814-6320
定休日:不定休
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