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-起業を考える女性へのメッセージ-女性起業家 インタビューNo.4

可愛らしいベビーシューズの生地は、西陣織で出来た物。tsutaeru代表であり、一般社団法人 西陣経済研究所 代表理事でもある尾田さん。小さな商品から大きな社会を目指す背景があります。時代が変わっても、伝えたいものを魅力的に伝えていくにはどうしていけば良いのか。本当にやりたい事をするために起業する、その覚悟とは。

ミッションは「信念を持ち、自分だけにしか見つけられないものを伝え続ける」

⸻ 1日1日の振り返りです。

「今日1日誠実だったか、信念をもって仕事をしたか。」

毎日自分に問いかけてます。日々のフィードバックが自分の成長に繋がっていると感じます。フィードバックすることで今直面している課題をどう解決していくのか、誰と向き合いどう繋がっていかなければならないのか考えることができます。

もっと効率よく仕事ができればと考えますが、フィードバックすることは自分の訓練にもなりますし、しっかりとした準備ができます。準備を怠るといい結果に繋がりません。入念な準備をするために一日の自分を振り返りことが大事だと思っています。

⸻ 西陣織の産地戦略の研究をしていたことがきっかけです。

産地の織元を調査していた時に、親が子供にこの仕事を継ぐなと言わなければならない現状を目の当たりにしました。日本が誇る伝統工芸産地の危機を感じ、自分が行ってきた研究を産地のために使えないかと感じるようになりました。

西陣織の主力製品は帯や着物です。しかし、和装の需要低迷とともに市場が縮小され、織元たちは廃業を余儀なくされています。新しい市場開拓や商品開発に産地の皆さんと一緒に取り組む、他業種と繋げしっかりと西陣織の魅力を伝えることができる人がいればいいかなと。伝える、繋ぐ役目を私がやってみようと思いました。

⸻ ありました。

起業する前の職場は、大学の研究室で皆さんからとても良くして頂き、多くのことを学ばせて頂きました。今でも色々なことに意識を持ち社会人ながら必死で勉強することも研究者の皆さんから学んだことです。収入も安定していましたし、起業はかなり迷いました。

また、伝統工芸は対面販売で丁寧に価値を伝えることが必要です。ネット販売が主流な時代に、伝統工芸を武器に闘うこともかなりリスクがありました。

両親からも猛反対されました。ただ、一番の味方である両親だからこそ、納得して貰えなければ事業の成功はないと感じていました。資料を作成し、何度も練習して、父親へ起業する上でのプレゼンテーションを行いました。

結果的に、父親が折れる形で

「お世話になった職場には絶対に迷惑を掛けないように。」

と強く言われながら、やっと起業を認めて貰えました。

起業から3年間ほどは月に3~5本のインタビューや取材を受けていました。今では考えられないくらいのオーバーワーク、忙しすぎてこの当時の記憶は殆どありませんね。でもある日、実家に行くと私が取材を受けた新聞の切り抜きや雑誌の切り抜きを貼り付けた冊子が7冊もあり、父がすべて調べて丁寧に保管してくれていたんです。両親の有難みを改めて感じました。

起業前はそんな状況でしたので、少しでも不安を払拭するために、行政が行っている起業塾に行きました。起業への気持ちを少しずつシフトし、形のないものを具現化していくことが出来ました。

段々と意識が傾注していくので、見えてくるものがあります。起業塾の先生や仲間から話を聴くことで、ポジションや切り口がわかり、全体像が俯瞰できるようになりました。

今でも起業塾の人との繋がりもありますが、当時を振り返ると懐かしいですね。

⸻物事が進んでいる感じなのに、実際は進んでいない時です。

百貨店での大きな仕事の契約が出来て、順風満帆に進んでいきそうにも関わらず、思いがけず止まってしまった時がありました。個人事業主ですが、1人で仕事を全て出来るわけではありません。職人さんや織元とのやり取りがあって、成り立っています。

こちらの意図が伝わらない、当然やって貰えると思うのは違っていたのだな、と反省しました。

⸻ 「教えて貰う」から「お願いする」が大きな違いです。

もちろん、今でも知らない世界の事を教えて貰います。それにプラスして、企画をして人に振る側にもなりました。より丁寧に、より相手の気持ちを考えながら仕事を振る大切さを日々感じます。どう言えばやる気になって貰えるか、なども考えます。

言う言葉も言うタイミングも、ものすごく考えますね。

⸻ 精神面でしょうか。

収入を増やしたい、対人関係が上手くいかないなど独立する理由は様々です。私の場合は思いが強く、社会貢献的なところがありました。でも社会貢献を稼ぐ力に変えることはとても時間と労力がかかります。

以前の職場は、とてもいい環境だったので、苦しい時、辛い時、前の職場のことをよく思い出しますね。また、勤めている時は、皆さんが支えてくれるという気持ちや安心感がありましたが、独立すると急に無人島に取り残された感じです。

つまり、自分で考え、チャレンジしないと先がない。何もないところから市場を創出し、必要な人を繋ぎ、売上を上げていかなければなりません。特殊な仕事ですし、模範になる人や相談できる人もいなかったので安定した収入になるまで、精神的にはかなりきつかったですね。

⸻起業しない方が良いですよ。(笑)

国はスタートアップを支援しているのに、逆行したことを言うと良くないのですが、正直、創業はとても大変です。

私の祖母は大正生まれで、呉服屋を創業し、当時ではとても珍しい女性起業家でした。

祖母から創業の苦労を聞いていましたが、大きなことをするのではなく、日々の訓練、小さな積み重ねが成功への近道だと教えてもらいました。

「みかん箱からコツコツと」という祖母の言葉は、今でもよく覚えています。

今後は伝統工芸士や人間国宝の認定要件、伝統工芸産地存続のための要件など法的側面の改正も視野に入れています。時代が変わり、機械化やAI技術が台頭している中、伝統工芸もしっかりと機械化と向き合っていかなければなりません。実際に一部の工程を機械化にしたり、AIによるものづくりへと移行しつつあります。こうした時代背景から多くの伝統工芸産地で昭和時代に作られた法律要件に適合できないところが出てきています。

活動や実績を重ね、産地の皆さんの声を聞きながら法的側面の見直しも視野に入れた活動を行って行きたいと思います。

【インタビューを経て】

起業したての仕事が無く、苦しい時に行った起業塾で先輩起業家として出逢った尾田さん。お話に感激して、産まれる予定だった息子に西陣織のベビーシューズをプレゼントしました。芯が通って、誠実で、現実的に何が出来るかをしっかり足を付けて考えられていると改めて感じました。昔も今も変わらない、その一貫性が大きな魅力です。日本の伝統工芸の良さを、未来へしっかり伝える大きなビジョンを持つ尾田さん。これからも応援しています!

➖ 会社情報 ➖

会社名「tsu-ta-e-ru」
住所 : 香川県高松市春日町1739 村井建設株式会社 3階
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